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(有)伊東工務店
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「季節のはがき」2018.7.14

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 玄 関
 
「建築は陰翳(いんえい)に美を発見し、やがて美の目的に添うように陰翳(いんえい)を利用するに至った。」文章の最初の「建築は」という部分を「我々の祖先は」に変えると、以下の文章は谷崎潤一郎の随筆「陰翳礼讃(いんえいらいさん)」昭和九年の一節になります。日本建築の外部の特徴は軒の深さにあります。桔木を用いた深いものでは約10尺(3メートル)くらいあり、代表的な建物は、金沢兼六園、成巽閣(せいそんかく)(住居建築)のつくしの縁、京都角屋(揚屋(あげや)建築)松の間の雁行(かりゆき)の縁。が代表的な例です。茅葺きの民家なども出桁(だしけた)を使ったり、雁木(がんぎ)を用いたりして深く軒下を伸ばしています。
 題名は玄関としましたがこの写真の場所は玄関車寄せになります。さて、蝉時雨は少し離れて整理した気持ちで聴くと夏の風物詩なのでしょうが、すぐ近くで「じぃぃん、じんじんじんじん」「ミーン、ミンミンミン」の鳴き声は静寂というにはほど遠く、かなりうるさいもんです。時折思い出したように吹いてくる風は、この森の木々を撓ならせ、蝉の鳴き声は一斉に止んで一時の静けさが訪れます。足元の地面を木漏れ日が揺れて、見上げると夏の日差しが樹叢(じゅそう)の隙間から明滅しています。離れたところにある木陰のその奥まった葉叢(はむら)の闇の襞から葉を揺らす涼しげな風が見えています。
 明治時代、特に明治10年までの日本建築はその大工技術の高さが頂点に達した時代でした。雪折れの高い棟、見事な瓦割り、深い軒が重なる屋根、切っ先鋭く伸びる庇のその懐に影を纏います。日本の家づくりは寺院であれ茅葺きの民家であれ、その屋根という傘を拡ろげた暗がりの空間の中でしつらいとともに創造されてきました。外部の土庇(どびさし)の軒下、母屋の瓦屋根、それらは重なり冴えて濃い鮮やかな翳(かげ)を重ねます。
 北側の車寄せ玄関の燈が灯る午後3時。初夏の匂いを吸い込んだ、格天井の軒下の闇に、この建物が辿った歴史の行間が隠れているかのようです。
 高橋是清邸は、昭和11年2.26事件の舞台となり、赤坂7丁目から翌年東京の郊外へ移築され戦災を逃れた建物がここ江戸東京たてもの園に再建されています。柱は地栂の無地芯去り柱、化粧桁は松、二階の縁桁は北山杉の磨き丸大でした。栂の木は相当の大径木を使っています、あちらこちらの柱に3面4面無地があり、3方柾目の柱が沢山ありました。栂普請の堂々とした筋金入りの建築です。江戸時代から続いた質実な伝統が色濃く残る力強い明治時代の建物のひとつであると思いました。柱の木目の夏目の凹みが2〜3mmくらいあるので百年くらい経過している風に見受けられます。 
小金井市高橋是清邸 江戸東京たてもの園